10年ちょっと前、とある映画の撮影現場に少女がいた。端役だから出番は少ない。それでも早めに撮影所入り。他の出演者の演技を食い入るように見つめていた。少女の名は菊地百合子。ところが、なかなか芽は出なかった。
「不安でした。いつまでやれるのかな、この仕事って。逃げ道があったら、いくらでも逃げようと思っていました。女優という職業で人生を歩んでみましょうか、ってなったのは『バベル』のころからです」
6年前、菊地凛子に改名。4年前の米映画「バベル」で聾唖の女子高生を演じ、米アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた。日本人女優としてはナンシー梅木さん以来、49年ぶりの快挙だった。
「欲しいものは、つかみにいくタイプ」。オーディションには積極的に参加する。しかも、ハードルが高ければ高いほど燃える。「役によって新しい扉があるんで、もう止まらなくなっちゃう」。で、次々にオーディションを受け、役を勝ち取ってきた。
最新作は「ノルウェイの森」(11日公開)。村上春樹氏の世界的ベストセラーの映画化だ。ベネチア国際映画祭金獅子賞をはじめ、数々の映画賞に輝いているトラン・アン・ユン監督のメガホン。つかみにいかないわけがない?
「原作者と監督の名前だけで、絶対にいい作品になると確信しました。原作は18歳のときに読んだんですけど、演じることで、どうして(ヒロインの)直子が印象に残っているのかも知りたかった。年齢的に厳しいと言われましたが、それに挑戦するのが役者の仕事。諦めずにオーディションにトライさせてもらいました」
直子は高校時代、恋人に自殺される。卒業後、恋人の親友だったワタナベ(松山ケンイチ)と偶然再会。20歳の誕生日に彼と結ばれるが、直子の喪失感は深まっていく…。
「直子って、常に地球から5センチぐらい浮いていて、いわゆるリアリティーの中にはいない。ものすごくアンバランスだし、触れたら消えちゃいそう。だから、文学の中にしか登場しない人物。それを立体的にしていく作業が難しかったですね。あと、直子に入りすぎると、自意識過剰の演技になっちゃう。自分に酔った演技は美しくないので、そこに注意しました」
さまざまな監督と出会ってきた。それが楽しい。今回は「全く演出が読めない。ものすごく面倒くさい監督でした(笑)」。とはいえ、そういうタイプが好きでもある。
「絶対に私は諦めない性格なんで、それぐらいのほうが挑戦しがいがありますからね」。世界を股にかける国際派女優だけに、肝も据わっている。松山とは「ある種の共犯関係」を築き、監督に対峙したという。
できあがったものを見て「こういう作品、好きだなぁって、しみじみ思いました。すごく繊細で、すごくダイナミック。やっぱり表裏一体のものは美しいし、芸術的だと思う。なおかつ、メッセージもあるので、見る側の想像をかき立てるはず」と力を込める。
いまは亡きジョン・カサベテス監督を敬愛し、彼の「オープニング・ナイト」を見て女優を志した。その妻、ジーナ・ローランズの生き方にも引かれる。「あの時代にインディーズで、あんな挑戦的な映画を撮った。2人は監督と女優でありながら、男と女でもある」
そういえば、鬼才スパイク・ジョーンズ監督との交際も報じられた。目指すはジョンとジーナか-。
ペン・田中宏子 カメラ・早坂洋祐
■きくち・りんこ 1981年1月6日生まれ、29歳。神奈川県出身。99年、新藤兼人監督の映画「生きたい」で女優デビュー。「空の穴」「茶の味」などを経て、2006年に米映画「バベル」に出演。これで米アカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、以後は「サイドウェイズ」「ブラザーズ・ブルーム」「ナイト・トーキョー・デイ」「Shanghai」など海外作品に多数出演。日本を代表する国際派女優となった。ヒロインを演じた「ノルウェイの森」が11日に全国公開される。趣味・特技は乗馬、日本舞踊、手話。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101206-00000020-ykf-ent
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